走査型トンネル顕微鏡 (STM: Scanning Tunneling Microscope)
“走査型トンネル顕微鏡”は、その名の通り顕微鏡の一種です。光学顕微鏡は光を使って、電子顕微鏡は電子線を使って物質の形態を観察するのに対し、 走査型トンネル顕微鏡は“トンネル電流”と呼ばれる特殊な電流を使って物質の形態を観察します。先端を非常に細く削った針(探針: probe)を測定したい試料基板に、 数ナノメートル(nm=10-9m)程度の距離に近づけると、微弱な電流が探針と試料の間に流れます。これがトンネル電流と呼ばれるものです。 この電流値は探針と基板との間隔により敏感に変化します。そこで、探針を基板表面に沿ってそーっと走査し、なぞった場所でのトンネル電流値の強さを図にすることで、 表面の形状を知ることが出来ます。また、トンネル電流は非常に狭い範囲にしぼって検出することが出来るため、きちんと走査するとnmレベルの分解能を得ることが出来ます。 STMの優れた特徴として、超高真空中だけなく、大気中さらには溶液中でも試料の形態を検出できるということが挙げられます。
以下に、私たちの測定データ例を示します。
Iron (III) prototoporphyrin IX (以下、FePP、左図)という分子を極少量溶解させた溶液中に、 高配向焼結グラファイト(以下、HOPG)基板を浸して観察したのが下の2つの図です。
HOPG基板上にFePPが整列している様子が観察されます。 濃い濃度の溶液中ではFePPがHOPG上にびっしりと敷き詰められることが他のグループによって報告されています。 びっしりと隙間無く敷き詰められる状態(2次元シート状)にいたる前の過程として、 真っ直ぐ並んだ状態(1次元鎖状)が存在するということが考えられます。
もっと拡大してみたのが左の図です。 オレンジ色の小さいつぶつぶはHOPG基板上の炭素原子です。 その上にのっている白い4個のスポット一つ一つがFePP分子に相当します。 このようにSTMを使うことで分子一つ一つがどのように並んでいるかを知ることが出来ます。
右図(上)は金の基板を加工して得られるAu(111)面という平らな面を大気中で観察した様子です。 図の左下に見られる段差は金の原子一段分の高さに相当します。 100nm×100nmにわたって原子レベルで真っ平らな面が観察されています。
この電極を希薄なアルカンチオール溶液に一時間程度浸した後に電極表面を洗浄してSTMで観察したのが右図(下)です。
図の上部に右図(上)と同じく真っ直ぐな段差が見られますが、 それとは別に表面上にポコポコと小さな穴が空いているのがわかります。これは
RSH + Au (基板) → RS-Au (基板)
R = 官能基;ここに示した例ではR = HO(CH2)6
という反応によりAu(111)表面にアルカンチオールが結合するときに、 Au(111)表面が少し削られてしまうためにできる穴です。
穴の周りを拡大して観察すると、黒い穴の周りに小さな点が規則正しく並んでいる様子が観察されました。
図右側の六角形に綺麗に並んでいる点一つ一つがアルカンチオール分子です。
図左側でも、右側とは並び方が少し違いますが、同じくアルカンチオールが規則正しく並んでいます。
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